空豆で大地の気を入れる

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空豆である。

独特の匂いがあって、こどものころはなにがおいしいのだろうか、と父親がつまむのを眺めていた記憶がある。

で、オトナになりまして、この季節になると やはり一回はつまむのでした。

 

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空豆といえば、、、、いつも思い出すのが、米長邦雄さんの本で読んだ一節。

 

運を育てる (祥伝社黄金文庫)
運を育てる (祥伝社黄金文庫)

 

対局で訪れた地で、窓の外に見た空豆の畑。宿の女将に頼んで、ゆでてもらう。

地の運、地の気を取り入れた、という感じでしょうか。。。

自分が選ぶ一手は、勝負の女神が選ばせた一手。

空豆をつまんだ指は、その運を呼び寄せる気がしたというようなことを書いていた記憶があります。

勝負師の人や、漁師さんなどは、神に祈るというのをおろそかにしません。

験担ぎというより、やはり、自分の力だけでやってやる、勝ってやるという傲慢さは、女神に鼻をへし折られる、といった、謙虚な気持ちが身に染みて体得しているのだと思います。

謙虚さと笑いのあるところに、女神は宿る、と米長さんは書いていましたが、これを眉唾ものというふうに取る人もあるかもしれないけれど、わたしは、ストンと胸に落ちる言葉でした。

 

他人に毒々しい言葉を吐く人、悪意をむき出しにする人、、、自分で自分を呪っているようにしか思えないのですが。

人を呪わば穴二つ。と言いますけれど、昔から。

きたない言葉を吐くとき、心は主語がわからないと言います。

結局のところ、すべては自分に降りかかってくるであろうに、と。

 

写真のSNSで粘着質の人にあいかわらず悪意を投げつけられています。

トラブルの経緯 1

トラブルの経緯 2

そして一年たっても、まだこれか、と。

なんのメリットがあるかさっぱりわかりませんが、そうしたい毒素がカラダに充満している人なんでしょう。

うんざりしていたところ、出かけた先で、空豆を見つけました。

農家の人が朝採りした、つやつやピカピカの空豆。

 

大地の力を味わい、すっと心が洗われ、、、いつもどおり、日々の生活を大事にして、笑っていよう、と思いました。

女神はきっと真実を見極めて、最良のジャッジをしてくれるだろうから。

 

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